2008-07-14 13:38 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
今回の1ヶ月の旅のルート図です。
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ふたつの地図を組み合わせたみにくすぎる地図ですいません。クリックしたら大きくなります。
とりあえずこういうかんじでエーゲ海包囲網ルートとなりました。緑の●が宿泊した地という意味です。あいかわらず移動しまくっとります。15箇所宿泊したことになるんで2日に1度は移動・・・?

ギリシア(なんかしらんがギリシャじゃなくギリシアらしいよ)ははんぱなく旅行者が多くて多くのひとにルートを聞きましたがみんなクレタとロドスは組み込んでたみたい。私はギリシアの島は遺跡ではなく街がみたかったので今回ははずしました。今回は、て二度目があるんかという話ですが。
コンヤからさきの地図がないのはわざとです。友人のだんなの実家がアナトリア中部にあるのですがそれはプライベートなのでということで。

■イスタンブル
やはり大都会!魔都!ここには人をぽやーとさせるなにかがありますな。このカオスな感じ、景色の美しさなど、一度はここに腰を落ち着かせてみたいな~(住むのは厳しいけど)

■リラの僧院
想像という自分の脳内器から見事に飛び出てくれたすばらしいパワースポット。たぶんそういうことに敏感な人には頭がジンジンするくらいだと思う、ただしそれは泊りの場合。日帰りするくらいなら行かなくてもいいと思えるほど、この僧院の夜はすごい。

■カランバカ/メテオラ
世界的に有名な景勝地だけど、リラから行ってしまったので心響き度は下がったかな。あと、無理せずにタクシーかレンタカーで修道院をまわるべき(笑)夏歩くなら水3リットルはもつべし。

■ザキントス島
ひとりで行く場所ではない!(きっぱり)アジア人をほとんどみかけることがなく、確実に穴場。海の美しさはさすがなかんじ。ポルコロッソのアジトの舞台「ナヴァイヨビーチ」には絶対行くべし。

■アテネ
ごちゃごちゃした味気ない首都だろう、と思っていたけど路地のかわいさにキュン。あと遺跡の堂々ぶり、その歴史がほかの地域のそれとは全然違う。アクロポリスからの眺めは必見。

■サントリーニ島
想像以上の「地中海の孤島」感がすごい!360度の海!自然の雄大さと町のかわいさの融合ぶりは、さすが世界で愛される島。ここの人気は世界が続く限り続くと思う。ウットリ。

■ミコノス島
サントリーニよりも俗世っぽい。ナイトライフ目当てなら(そしてゲイならもっと)ミコノスの休日は楽しめそう。夏でも風の異様な強さに、冬に行くのは絶対つらい&つまらんとおもう。

■サモス島
トルコ~ギリシアを渡るためだけのゲートの島としてしか旅行者はこないだろうし、きよしにも「あんななんもないとこ3泊もいたの!?」とあとで言われたけど、足さえ確保できればここほどのんびり楽しめる地中海リゾートはないかも。サントリーニやミコノスみたいに派手さは全然ないけど町のサイズもよいし人もよい。

■ヒオス島
街は殺伐系。島は大きく、バスが少ないわりに、個性的な村が点在しているのでレンタカー利用じゃないとこの島を楽しむことはできない、と断言できる。ピリギは一見の価値あり。すくなくともメテオラより楽しい。

■パムッカレ
もう石灰棚には入れない、水がすくない、と聞いてあまり期待せずにいった(10年前さえも行かなかった)のだけど全然きれいだった。昼は人が多すぎ。夕方のほうが自由に歩けてサンセットもおすすめ。
2008-07-13 18:06 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
熱のせいで苦しくて苦しくて夜はすこし寝て起きての繰り返しだったが、朝からしっかり解熱剤を飲んで安静にしていたおかげで昼くらいにはどうにか起き上がれるようになり、すこしおなかもへってきた。解熱剤飲むのは好きじゃないけど帰国便は今夜なのだし、空港でぶったおれないためにもハイペースで?クスリでも何でも飲んで今を生きないと!!

R0011920.jpg結局まったくイスタンに戻ってから何もできなかったので、もちろん思い出お土産などもなし。
買い物につきあえず、すまんですB子&Aたん・・・こんど日本帰省のときにまた会おうね。ぎゅっとハグハグで別れる。

夕方のエアポートシャトルバスに乗って空港へ。ヒゲのリクエストである香水コーナーにいくも、きつい香りに気絶しそうなのでとにかく大人しく椅子に座ってフライトを待つ。もちろん、具合の悪さをアピールして「トイレに近い席がブロックできないかしら?もしくは乗務員前席が開いてないかしら?」とチェックインの際におねだりして足元ひろびろの乗務員前席を確保。


しかし、そこに座って10時間はたえられず、
1時間おきにトイレでリバース

広々部分に毛布しいて倒れこんで白目

を繰り返すフライト。隣に座っていた韓国人のにいちゃんも迷惑そうだったが私の猛烈ば具合の悪さぶりに。さすがにCAさんも「じゃまよっ」とは言わなかったのでむしろ寝袋でも敷いてガッツリ寝たかったほどだ。そんなわけで、イスタン~インチョン10時間、待ち時間4時間、インチョン~FUKUOKA1時間半 という道のりをふらふらになりながらも無事帰国いたしました。今回、100円分のモノさえも1つもなくすものがなかったのが一番嬉しかった!(毎回なにか小さなもの、ペンとか帽子とか必ずなくしていたので)

さて、毎年旅行をしているとだいたいいろんな人に「いままで一番良かった国ってどこ?」て必ず聞かれるんですよ。経験あると思います。でも私はその問いにこたえを出せたことが一度もないのであります。「決めれんね~」で終わっていたのですが(トルコでさえ、素晴らしいとは思うけどここがナンバーワンとは思ってない)。

この旅を終えて、どうも私の好みからしてギリシアも候補にいれてもいいかな。という気がしてきました。別に、いろんな旅人にあったから旅が楽しかった!という理由でなく、土地によって全然違うさまざまな文化、豊富な見どころ、カラっとした好みの気候、街並みの色合いのキレイさ、人びとの雰囲気などなど・・・。ただいかんせん、物価が高すぎた。全然質と金額が見合わないので楽しい日々だけどどんどん貧乏になってしまい、それは再訪する気がうせるくらいのひどさ。
ああ、ドラクマの時代に来ていたかった~~!!ユーロなのでコスパフォの悪さがすごく印象に残るのが残念な部分です。

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ではではそんなわけで、近年体験した旅行では1~2位を争う心に残る楽しい旅路でありました。
なんかへんなシメですがこれが私の1ヶ月の様子でした。おそまつさまでした!(ぱちぱちぱち)

~おわり~
2008-07-12 17:54 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
R0010339.jpg明日の深夜発のフライトだから、イスタンは今日・明日と丸二日楽しめる!
だからあれこれお買物いきたいわあ♪ルンっ。
B子も「いろいろ買い物したいからお見立て手伝って!」と言われていたのに・・・
のに・・・もう・・・昨日の夜から苦しくて苦しくて全然眠れなかった。

はあっはあ。なに。なんだろうこれ?ここまでヘンでも、自分の体調がいまいちよくわからなかった。もしかして熱あんのかな?と朝になってB子に体温計をかりて測ると、38度。うわ~~!37度でも私具合悪いのに。こりゃきついはずだ。間違いなく、夜行バスで体調崩しちゃったなぁ~も~最悪!


ここまでくると立つことも困難だが、トラノコのポカリを水に溶いて枕元におき、洗面器をかりて自分で気がついたらタオルをぬらして頭にあてて・・・。そんなことをしている間にもぐんぐん熱はあがり午後にはなんと! 40度 を越したもうこうなるとほぼ歩けないし考えがまとまらない。B子が「近所の救急病院にいこう」とヨボヨボの私をつれて病院までついてきてくれ、通訳もして、点滴もまってくれて・・・
あんまこのへん覚えてないです。なんたる迷惑のかけっぷり~ごめん~~。でも点滴さえ打てば速攻具合はよくなることは分かっているのでありがたかった。

↓病院の処置室にて。点滴を待つグロッキーな私。処置室のカラーリングがプリティ・・・
R0012278.jpg 「アイスとか冷たい水を飲んで、うちにかえったらぬる~いシャワーをあびてふとんをかけずに寝なさい」
という日本ではありえない指導をお医者さんからうけたため、帰りはスーパーによりアイスをかって、ぬるいシャワーをあびてそのまま就寝。一度37度まで落ちた熱も夜中にまた39度まで上がったので、かなりうなされていたのではないかと思われます。
とほほ。明日もまちがいなく「寝イスタン」。
2008-07-11 17:44 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
R0012269.jpgこのバスはほとんど途中降りる人などいなかったのだけど、マルマラ海東端あたりの小さな町で、となりとうしろを占拠していた大家族が降りて行った。
あとわずか1~2時間くらいだけどようやく席があいたことに(まともに座れたことに)ホッとした。早朝のコーヒーがおいしい。うるうる。


オトガルでわらわら寄ってくるポーターを無視してバス会社のカウンター前でぼーっとお迎えを待つ。義兄さんが迎えにきてくれて車でオウチにとうちゃ~く。は~~~疲れた。
今日は1日のんびりしようねといいつつ、B子たちはアレルギーの治療のため今日は病院にいくので、私はその間ネカフェに。しかしそこでパチパチやっている間からどうもなんかへんなかんじ。なんだろうこれ?おなかもあんまり減らないなぁ・・・。
なんかもやもやしながら、今日は早めに寝ることに。・・・これって、もしかして、具合悪い?

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↑近所のネカフェ。庭に面しているバースペースがあり気持ちいい。
2008-07-10 17:12 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
今日こそシャワーを浴びようね!とB子と固く誓い合っていた。なので朝ごはんを食べてマッタリしたあとに交互にシャワー・・・と思ったらやっぱり客がきた!!
昨夜遊びにきた義姉さんの子どもたち(20歳くらいと15歳くらいの女子二人)だ。今夜私たちがイスタンにかえるので、そのお土産づくりの準備要員もかねているようだ。少し話した後「ご、ごめん、シャワー浴びに行っていい?」とお伺いをたててさっさと浴びてしまうことに。

といっても、トルコ式ボットントイレはシャワー室もかねているのでそこで小さくなりながらシャワーなのでくつろぐ暇はなし。むしろ早く出てしまいたいくらいだ。ビーサンはもっているがもうめんどくさいのではだしであびた。このときの日記メモを読み返すと「なにか現代人として大切なものを失った気がする」と書いてある。ちなみにワタシは普通にあびれたが、B子はAちゃんの「アンネ~!どこ~!!びえ~~ん!」という大泣き攻撃によりまともに浴びれてないような気がする。おそるべし、もうすぐ魔の2歳のパワー・・・ガクブル・・・

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ゆっさゆさ~~!おとすぞ~!・・・という様子をAたんと私は見てるだけ。
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とったどー!いい笑顔だけど、親戚関係なので顔ボカシ。収穫後は種をとります。

義姉さんとそのだんなさんもやってきて、庭の木からボトボトとアプリコットをおとす作業中。私は暑さとめんどくささのためポーチでぼーっと作業を見守る。Aちゃんのお守りという名目で。だらだら~っ。娘二人はほとんど英語ができないため、Bのもつ英土辞典でのコミュニケ。Bに通訳してもらえば早いのだけどやはり自分のちからでやりたいものだ。ずっといっしょにあれこれ家事や雑事をしているといつのまにか「きあアブラ~(きあ姉さん)」と親しげに呼んでくれてなんだか嬉しい。
日中はほぼお土産まとめに時間を費やしていた。その間も姑さんのお姉さん家族とやらがお客さんとしてやってきたりとにかく客の相手と家事・食事作り。トルコの田舎の女性はこの仕事がメインなのだということを思い知った。私は昼ごはんのあと、どうもおなかを壊してしまったようで、疲れがどっと出たのでまたひとりで昼寝エスケープ。

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夕方、日がやさしくなってきたところで若者だけでお墓参りに。歩いて15分くらいのところに墓地が。旗があるのは殉職者のお墓なのだそうです(とりびあ~)。姉妹の姉ちゃんがスカーフをかぶってコーランの一説を読み上げ「これ撮りなさいよ」と言ってた。は、はい、とりますとります。
その後も帰り際にいろんな村人に声をかけられたり、写真をとりあったりして道草しながらのんびり家にかえる。日記で表現してしまうとあっという間の滞在だった。短いようで長いような・・・みんなから「またおいでね」「++ちゃんの結婚式があるからそのとき来なさいね」と暖かい声につつまれて、暗闇の中おばあちゃんちをあとにする。

お墓の植物。からっからのなかに生きるいのちはトゲトゲ系が多い。
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さてイスタンに出発するバスがオトガルにやってきた。私とBは、通路を挟んで隣同士で予約をいれていた。彼女たちはもちろん2席キープ。私も足が痛くて伸ばしたいので2席とろうかどうかものすごく迷ったし、B子も「絶対となりが空くってことはない路線だし、足をかばうなら2席とるほうがいいかもよ~」とすすめてくれていたのだけど、1席40YTL×2=約7200円か・・・高いな・・・と大人気なくケチぶりを発揮し1席で。(てか普通だよね1席)

しかし!!!!!!!のりこんで自分の席を見て驚愕!!!!!!!!!!

巨大なトルコのお母さんが隣の席で、
しかも!
ど~みても小学5~6年生レベルのでかい男子を
ヒザに(ムリヤリ)乗せてる~~~~~!
ガガーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!


ちょ、この設定、かんぜんな想定外です!!!!
B子もまじでビックリしており「こ、こんな状態、ないって普通(笑)。その大きさの子供をヒザに乗せるって・・・ひどすぎる・・・」と苦笑。
私もあまりに衝撃的だったのでつい日本語で「うそやろ・・・ありえん・・」と声に出しまゆげをひそめてしまったのがおかあさんに通じたかもしれない。あわてて顔を能面のように?して席におさまる。

落ち着け私。しかもどうやら私の後ろの席も家族らしい。ちなみに後ろの席2席分には、20歳くらいの女性とひざの上に赤ん坊、さらに横に幼子が3人という強烈な子沢山ぶり。身なりからしても貧しくて席が取れなかったか、満員でこうせざるをえなかったのだろう。

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・・・・しょうがない、いまさらどうしようもないよ。もうブツブツ考えるのはやめて巨大なおかあさんのよこで小さくなるしかない・・・
こんなにため息だらけの移動はない。飛行機にのるのとほぼ同じ12時間の間(休憩ははさむけどね)、飛行機の座席よりも小さいスペースで(巨大なおかあさんと子どもが圧迫してくるので)、しかも足をかばいながらの、大嫌いな夜行バス。今回はしょうがなかったけど、やっぱ自分の決めたことは次回は絶対貫くべきだなと心に誓った。
私は二度と夜行バスには乗りません!!!うわーーーんくるしいよ~~~!!!
2008-07-09 16:32 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
トルコのおうちには「来客」が多い。いや、多いっつーか、来客がない日なんかないんじゃないだろうか。昨日もワタシというものめずらしい客がいるのを知ってかしらずか何組もお客さんがきた。そのたびに居間でニコニコ同じ質問&回答がくりかえされる。Cのお兄さんにあたるDおじさんも昨日やってきた。このDおじさんが送り迎えをしたりいろいろ世話をしてくれる人らしい。

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Dおじさん 「もちろん明日はヤイラに行くだろう!ヤギの乳搾りをしよう!」
きあ  「乳搾りするする~~!・・・てかヤイラってなに?」
B子  「なんて訳せばいいのかなあ、夏の間の放牧地って感じなんだけど~」


とまあ、昨夜はそんな感じの会話がなされており、今日はおばあちゃんもAちゃんも含め、4人でDおじさん一家が夏の間暮らす放牧地に行くことに。おじさんは昼過ぎにお迎えに来てくれるらしいので、午前中は村を散歩しようという話に。朝はおばあちゃんが庭のアプリコットをもいでそのまま朝食に。おいちいねー。

村を散歩・・・なんかもうほんと「旅情」なんてものはひとつもない、むしろ怖ささえ感じるくらいのほこり舞い散る閑散とした場所をあるくっつたってね~。実際ここに何度もきているBも「だんなが『ひとりで絶対でかけるな』っていつもいうから私もこの村の道とか全然わかんないわ~」とのこと。ビクビク・・・。さすがにこういう村では珍しいどころか宇宙人を見るみたいな感じで見られるし、ヘタしたら子どもに石を投げられることも覚悟しながら歩く。
村人に「あんたどこの家の嫁?」と聞かれること数回、迷い迷いつつ義姉さんの家につくと、おじさんだけがいて「いまみんないないんだよ~」とのこと。
じゃあ出直すかね、と言っていると、その家の前の人が「なに?いないの?じゃあうちでアイランでも飲んでいきなさいな」と当たり前のように声をかけてくれ、Bも当たり前のように家に入って言ったのでワタシもそれに続く。

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ちょうど庭で羊の毛をわさわさ処理していたようで、庭から私たちがウロウロ迷うのが見えて心配して声をかけてきたそうだ。おうちにはいると見事に女性ばっかり4~5人がサロンでまったりくつろいでいた。ここは若い娘さんたちがいるからかとってもおうちが(特に台所が)きれいに片付いていて機能的っぽかった。

Bの超堪能なトルコ語のおかげで(彼女のトルコ語は20年近く鍛えられたド・ネイティブものである)この女性の園でもとてもたのしかった。あいかわらず本格的すぎる灰の味のアイラン(加工されないアイランは灰の味としかいいようがないエグさです)は飲めなかったけど、Bも「村に知り合いができて嬉しいなぁ」とのこと。うんうん、Aちゃんは灰の味のアイランもゴックゴク飲んでいた。ああ、もう味覚も完全にトルコっ子なのねえ・・・しみじみ。
とりあえずDおじさんが来る前に昼食をすませるために女の園をあとにした。最初はこわごわ歩いていた砂の色一色にしか見えなかった村も、帰り道はなんだかとても鮮やかに見えた。うきうき。

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Dおじさんがむかえにきてみんなで車へ・・・・へ?そこにあるのはでっかいトラクター。
「じゃ、きみたちはタイヤの上のカバーに箱乗りしなさい。おばあちゃんは連結部分に立たせるから」
て、ひ~~~!!!脚の悪いばあちゃん、脚を踏み外して荷台のタイヤにつぶされんじゃないの!?とドキドキしたけど、トラクター箱乗りはめちゃくちゃ面白くって面白くって何度も大笑いした。村をでると、上記写真のように完全に乾いた地平線。ど、どこにそんな放牧地があるのだろう・・・。
一度中間地点の別の親戚のヤイラにつき、そこからはぼろっぼろのセダンに乗り換えてまたはるかな場所を目指す。これ、完全にパリ~ダカールラリー的な景色なんじゃないですか!?

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Dおじさん一家のヤイラに到着~~。めえめえ羊とヤギとロバと地平線。ひ~~!360度乾いた大地のぱのらま!!

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ぎゃぼ!建物の裏側みてもこの状態。左側地平線部分に小さな竜巻ができてるのは見えますでしょうか?そしてこの写真にはうつってませんが、たんに1mくらい石がつまれた場所があってそこがトイレでした。B子さえも利用できないそのスペースにて、ワタシはここの家の末娘にじっと見守られながらコトをいたしました・・・。じーざす。

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おうちの横に小さな建物があって、そこは薪(というか乾いた植物)を燃やすかまどが。ここで焼かれるパンはうまそうだ~!Dおじさんのむすめがチーズをつくっておりました。

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みんなでアプリコットをもいだり、ロバとあそんだりいろいろふれあい旅気分。ここんちの末娘、まつげばっちりで可愛かった~~!けど大きくなったら変わるんだろな~。ワタシにぴったり寄り添って離れないんでやんの。ウフフ。

あまりにも眠くて昼寝して起きたら夕飯の用意がされていた。家のまえのポーチのとこにゴザをしいてみんなでごはん。おばあちゃんとこでもそうだけど、普通のトルコの家じゃそんなに肉なんかでない。いや、むしろベジタリアン(ラクトベジっていうのかなあ?)並みの野菜生活だ。こ
こでいただいた半生クリームのような半ヨーグルトのような不思議なクリームが激ウマすぎてものすごくパンが進んでしまった。ワタシがあまりに「うまいうまい!チョクギュゼル~!」といいながら食べるものだからみんなさらにくえくえ攻撃。アリガトゴザイマスー。ああ、あのナゾの乳製品がまた食べたい。
完全な土漠の一軒家からみあげる星はそれはそれは感動的だった。Dおじさん一家も楽しくて優しくて気遣いのかたまりのようなみなさまだった。すいませんね、なにもお手伝いせずに昼寝ばっかりして・・・

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しかし今日あまりに遊んではしゃいだものだから眠くて眠くてしょうがない(まだ眠いんか)。22時すぎにおばあちゃんちに帰宅するもなんと!それからもまた来客アリ!!!!!昼間留守だった義姉さんたち一家(夫婦、娘ふたり)だ。もう眠くて頭がまわらない・・・30分くらいはニコニコ相手できたけど、限界がきたので正直に「もう眠くてなにも考え付かないので先にねます!」と宣言して寝室で爆睡。
ああ、もう2日もお風呂にはいってないよぅ・・・。(つかみんな私以上に入ってないんだけどね、B子さえも)

2008-07-08 16:07 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
8時に起きてホテル1Fでもぐもぐとシンプルなブッフェ朝食。
泊まってるのがほとんどビジネスマンなおじさまばかり。家族連れが1組いたけど、さすがトルコで1泊35YTLは高いわな。ヒザは痛いままだがゆったり近代的設備のホテルで眠れたことに感謝。(ただしエレベーターなしの2階だったけども~) 

私より1時間はやいバスでアンカラへいくバンダナくんと朝ちょっとだけ会ったのであらためて別れの挨拶。余談ですが同じ日本人とはさすがにハグとかしないね、こっ恥ずかしいし(女性とはするけど)。世界一周、ぜひ無事に楽しんでくださいね~!
バスはコンヤを11時に出発する。通常ならこの朝の2時間くらいで全力観光するところだが、ヒザがこんな状態で脚をひきずりながらの観光なんかできるわけもないしやりたくもないのでさっさとオトガルまで行ってしまうことにする。

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日記を詳細に書いているようで実はかなりのコネタをすっとばしているわたし。かなりの出来事や出会いは、サックリはしょってます。
そんな余談はおいといて、コンヤから私が向かうのはアナトリアのとある街X、そこからミニバスにのってさらにとある村Zまで行くというルートです。まずはコンヤから街Xまで数時間の移動。トルコはバス需要が高いので席のとなりがあくことはまずない。いつも若いお嬢さんが横にくるそんなシステム(キャバクラではない。同性だからだ)

上記写真右の娘さんはアンカラ出身の大学卒業したばかりの子で英語が堪能だったのでバスの中でえらいたのしかった。この娘とも交流つづいてます。上記写真右は街Xの街中。
無事にバスは街Xに到着。しかし村Zからやってくる私の友人Bの乗るバスが1日数本しかないため、1時間ほどオトガルでぼんやり待つ。ようやくBと合流。こどもAはスヤスヤベビーカーで寝ている。ああ・・こんな小さな子を連れてバスを乗り継いで乗り継いできてくれたんだなぁ・・・ベビーカーの乗り降り大変だったろうに・・・。

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まずはXの街中まで出て、村に買ってかえるお使いものやおみやげなどを見て軽くなにか食べることに。もう、ラフマジュンとストラッチ、めっ~~~~~~~~ちゃくちゃウマかったよーー!!あまりにうまくてビクリシタヨー!!

きあ 「あたしてっきりCくん(Bのだんな)も一緒かと思ってた!まさかひとりでAちゃん抱えて迎えに来てくれるなんて」
B  「いつも里帰りは私とAだけよー、Cは仕事が忙しいし。毎回大変よ」
きあ 「Aちゃんはかまってくれる親戚もおるけんよかろうけどねー嫁からするときついよね。アタシ来てよかったと?」
B  「むしろ来てもらわんと困る!きあが帰るときに一緒に帰る理由ができるもん!じゃなきゃ、あと何週間もいろって言われる・・・病院にも行きたいし・・・早くイスタンにかえりたいよぅ・・・」


ああ、なんとまあ、嫁はいつの世も大変なのね(同情)。となると、帰りは一緒のバス?
あの・・・わたし・・・夜行バスだけは乗りたくないんですけど・・・と申し出るも、Z村からX町まで戻るときはものすごい山のような荷物(イスタンにいる息子たちにくばる故郷の味など)があり、それを運ぶためにドルムシュではなく親戚の車に乗せていってもらわなきゃいけないそうだ。私とB親子が別に帰ると親戚に往復の手間をとらせることになる、とそこまで聞くともうどうしようもない。わかりました!夜行バスで帰りましょう!しかしこの選択は非常に困難な道のりの序章だったのだ。

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Bの姑さんへのおみやげは高級バクラワ。とてもキレイなディスプレイ。おいしそう!なんだけど食べると歯がキーーーーンとなる甘さなんだよね。親戚にはキャンディのアソート。さてオトガルでイスタンまでのバスチケも買ったし、ようやく村へGO!小さなミニバスにぎゅうぎゅうに詰め込まれた人たち。1日に4便くらいしかバスが出てないそうだ。道は町をぬけ、どんどんどんどん田舎へ・・・ていうか、田舎じゃないんですけど、360度土漠で地平線みえそうななんですけど・・・Bから「すごい田舎だよ」と言われていて、素朴な田舎町を想像していたけど、どうやら田舎という言葉を超越した場所にきてしまった気がする。

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カラッカラに乾いたこわれかけにみえる土作りの家がぽつぽつある小さな村。ここがCのふるさとか・・・。うわあ、想像以上になんもないぞ!!イイッ!!!今までと全然違う世界が見れて、私ってなんて果報者!!!
怖いくらいのドライな世界。土ぼこりのすごさに、明日からコンタクトは封印しなければと思った。

Bの義理親実家には、脚の悪い姑さんがひとりで住んでいる。まあ姑さんというかおばあちゃん風情そのもの。優しくて世話焼きで・・・という感じではなくけっこう淡々と迎えてくれた。実は私にとってこのさっぱりした待遇は非常にここちよかった。お客さん扱いで置物みたいにじっと茶ばかり飲む状態ってきつい。しかし行ってみればいい感じにほっといてくれるし、皿洗いは自主的にやっていたけど「そんなのいいからいいから~」なんてセリフは1度も聞かれなかった。ただとにかく座れ座れ(オツルオツル)とは言われまくったけど。私もおばあちゃんもヒザが曲げられないという状態なので、なんか妙に連帯感があった。
さあ、今日からトイレはトルコ式(しゃがみぼっとん便所)・・・私のヒザがどうにか持ちますように!!!!ふるような星を眺めながら「思えば遠くへきたもんだ」をくちずさんだ。嘘ですけど。

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2008-07-07 15:41 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
B子のだんな実家への里帰りに一緒にこないか?と誘われたのが6月23日。
それから毎日SMS(ショートメッセージ)で連絡をとりあっていた。
R0011837.jpgだからサントリーニも早めに切り上げて前倒しで進んできたけど、数日前「実はアレルギーがひどくなってイスタンに帰ろうか迷ってる。ぎりぎりまで待って」と言われていた。パムッカレではまだどうしようか迷っていたが、とりあえずそっち方面に進むつもりで今日はコンヤへいくことにした。

「今日の夕方コンヤについて翌日の進路をきめるので、夕方までに身の振り方を決めてくれ~い」とSMSをいれると「とりあえず来て~!んで、何泊するかはこっちで決めよう!」とのことだったのでとりあえず自分の行き先が決まったことにホッ。彼女のケイタイももうトルコ仕様のものなので、私の海外携帯とSMSができたのは本当に助かった、ローマ字だけど。


※私の携帯がが普通の日本の電話のローミングのやつならB子とショートメッセはできなかった。しかもB子んちにはネットが引かれていないのでメールでのやりとりはけっこう面倒で、ショートメッセが一番早いのだ


さて、パムッカレ村からデニズリにいくバスに乗り込み、さあ一歩・・・と進んだところでこの旅一番の大事件が発生。バスの段差で思いっきりコケてしまい、左ひざを強打!!!
「ぎゃ~~~~いた~~~い!!」と叫んだくらいのダメージで完全に骨折(てかヒザの皿割れた?)したと思ったくらいだった。このバス内左ひざ強打事件(なげえよ)は、実はいま現在(8月半ば)もひきずっており、整形外科にいくかどうか非常に迷っている。なにか大変な部分がわれたりのびたりしているのを知るのが怖いから行ってないけど。まあそれはさておき、ミニバスの中で涙ちょちょぎれながら左ひざをいたわる。どうしよう・・・ヒザをいためるなんて・・・歩くのも座るのも大変だよ・・・ハッ!!トルコ式しゃがみ便所がつかえないかもしれない!!!そのことで頭がいっぱいになる。

ミニバスをおりてもやはり脚をずるずる引きずる。痛いし不便だし悔しくて泣きそうだ。なんでコケちゃったんだろう・・・うぐぐ。デニズリのオトガルでは陽気なバススタッフやらがかまってくれ(?)て脚をひきずっていたら「ここ座りなさいよ!」とか、またもやチャイをサッとおごってくれたりとか、隣にすわった無愛想な親子連れがそっとガムをくれたりとか、なんつうかもう、脚は痛いんだけどだからこそトルコ人の陽気な優しさが身に染みる。ぐす。

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コンヤ行きのバスに乗り込むと、お、一番前★大好きな席だよ。そこで痛む足をさすっているとさっそくトルコ人姉弟が「あの~一緒に写真うつってください~」ともじもじしながらやってきた。こんな丸顔のアンパンマンおばさんと一緒にとった写真、もっててうれしいか?と毎回思うが最上級の笑顔でパチリ★この子たちは弟と姉がかわるがわる私の席にきて横にいるのが嬉しいみたいな感じでそばにいた。かわいいのう。通路挟んだ横の親子もあそこはなに、ここはなにと教えてくれたり休憩所でコーラをおごってくれたり・・・は~~~。いかんね~~トルコ良すぎるよね~~。
青く輝くエイルディル湖や、まるで人食い植物のような恐怖なバラのオブジェがどーんと建つバラの産地のウスパルタなど、いろんな町を通り過ぎ16時くらいにコンヤのバスターミナルにたどり着いた。しかしもう、私の足は限界。正直ちょっとだけ涙がでていたかもしれない。脚をずるずるひきずりながら、オトガルの椅子にへたりこんだ。

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明日のバスチケットを買い、トイレにいき、水を買う。もうそれだけでへとへと。コンヤはオトガルとシティセンターがバスで45分くらいの距離離れているとのことなのでとりあえずここで足をやすませつつ、B子に電話して明日の打ち合わせ、そしてバンダナくんに今日のメブラーナのダンスについてチケがとれるのかどうかを電話してみる。バンダナくんによると、ダンスは人数が揃わないので中止になったとのこと。ああ・・・こんな本場の町まできて見れないなんて・・・ガックリ・・・人が多すぎてもいいからやはり8月のピークシーズンのほうがこういう心配がなくて済むんだろうなあ。

バンダナくんに「実は脚を強打してほぼ歩けない状態で・・・もう少し休んで街に向かいますが、いい宿見かけてませんか?」と聞くと「じゃあ自分の泊まってるホテルの新館がいいかも。自分は旧館ですけど、ケガしているときこそ宿はいいとこじゃないとね!バスがついたら電話して!迎えにいってあげますよ」と、ケガ人にとって本当にありがたい天使のようなお言葉。もう身動きがとれなくて泣きそうになっているときにこの親切、ほんと、誰かにこれをかえさないとなあ。ドルムシュにのり、そこでも大勢の親切さんにおせわになって無事にバンダナくんと合流。宿は素朴ながらきちんとしたビジネスユースの人ばかりの宿で安心だ。

R0011973.jpgさて、荷物もとかずにすぐにバンダナくんと外出。昼間、バンダナくんが酒を探して(笑)街のひとに「どこに酒うってますか」と訪ねたら、じゃうちの二階で飲むといいよと誘われたところでいま遊んでいるので合流する?と電話口で言われていたので、じゃあお邪魔しますわ~ということになっていたのだ。


しかもそこ絨毯屋。ベタに。それもしかしてありがちな展開!?フレンド商法!!!と思ったけどわたしの場合、自分の友人のだんなさんがカーペット屋なので買う場合はその店から買うからここでは買わないよ~という適当ないいわけを用意し、絶対買わないつもりで何をどういわれても大丈夫という確固たる自信をもって行った。もともと観光客相手のトルコ人(とかモロッコ人とかとにかくどこの国も)のいうことは話半分にきいとけ、というのが身上になっているので、もう過剰な「親切への感動」をしないように心を封印している。

・・・のだけど、陽気な絨毯屋Mとその友だちYは、がぶがぶビールをのんでわいわいバンダナくんとの話してもりあがっていて一向に絨毯を買わせる気配もない。ほ~、このひとたち、まじで理由をつけて酒を飲めることが楽しいのかなあと~というかんじだ。
これならこのまま無事ホテルに帰れる展開やなとマッタリとバックギャモンなどをしていると、なんとそこに伏兵が!その伏兵はなにをかくそうバンダナくんだ。
バンダナくん、自ら「Mはカーペットの図柄もデザインしてんだって。すごいよね。いいな~ほしいな~~」といい始めたのだ。お、おい、バンダナ上等兵!気は確かか!?とおもったけど、よく考えたらバンダナくんたら社長じゃん!!実際店にカーペットが欲しかったらしい。

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なんだ、バンダナくんがその気ならコンヤっていいんじゃない?産地ちかいしイスタンよりは安いとおもうし、と私も背中を押し、これから始まる「トルコ絨毯屋と日本人社長の買い物ショウ」を楽しませていただくことにした。人の買い物みるのって楽しいよね。それからもうMは目を白目にして汗をだくだくながしながらうずたかくつまれた絨毯をひろげまくるロボットと化していた。バンダナ社長は自分の好みのものをチョイスし、消去法でしぼっていった。2時間くらいで自分のお気に入りを決めたバンダナ社長、ついに契約。そしてビックリしたことになんと現金ドル払い!!!ぎょぎょ!!
「いやーバンダナくん、いい試合見せていただきました。おもしろかったっス!」と正直に言うとケラケラ笑っていた。「早くこれを敷きたいけど、次に日本かえるのまだ先だなぁ」となんとも素敵な残念ぶり。その時点ですでに24時近く、わたしの目はメガネをはずしたのび太の目のようにしょぼしょぼ こんなん→(3 _3) だったので私はホテルに戻って寝ることに。バンダナくんはまだ飲みたりないようなのでココに残ってみんなと遊んでかえるとのこと。私たちは固く握手をして絨毯屋でわかれた。

しかしまあ、チャイやらジュースやらタダのみして、さらにおいしいピデまでタダでデリバリーしてもらい、そして絨毯お買い上げショーまでタダで楽しませてもらってインカ帝国。結局ベッドに入れたのは1時過ぎ。毎日21時に寝ていた私には、昨日と今日のこの夜更かしで疲れもピーク。さらにもちろんヒザはズキズキ痛いまま。明日の移動やB子だんなの村での生活に一抹の不安・・・。

2008-07-06 15:12 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
部屋が快適だと目覚めもいいなあ~~!!ファン最高。
8時半ごろ朝ごはんを食べにおりてだらだらしていると、アジア人男性発見。かるく会話すると日本人男性だった。昨日の夜にこの宿についたばかりらしい。いつもの旅人トークをしていると、彼は現在かなり変化球なおもしろルートで世界一周中とのこと。興味津々だし、同じくきょう石灰だなにいくならぜひ話を聞かせてください!と一緒に石灰だなまであがることにした。ふたりで水着を着こんで万全の体制で徒歩10分ほどの石灰棚へ。

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この日本人男性、つねにバンダナなので日記上ではバンダナくんと呼ぶことにする。バンダナくんの旅のルートもかなりユニークだが、経歴も非常におもしろい。現在、一国一城のあるじとしてある店を経営しているが、そこを人にまかせて世界一周中らしい。そのお店をひらくまえにも、何年もイギリスで修行し、たくさんの差別もうけつつも独学で英語と技術を学んで這い上がったというガッツにあふれた人だ。しか~~も!!またここでも同世代マジック!同じ干支でした。同い年のひとがこんなに頑張っているのに、わたし、いったい何してるんだろう・・・たぶん自分のだせる力の1/3くらいでしか生きてないと思う。こういう人と話すとほんと気が引き締まるし襟元ただしたくなる。しかし私の襟元には手ぬぐいがぶらさがってるだけだがな。

R0011846.jpg石灰だなの見学中も、遺跡プールにはいっても、バンダナ君とは本当にいろんなことを話した。バンダナくん自体が非常に前向きで根性のあるたのしい話をするからだからだが、水辺でとても涼しいというのもあってプールサイドのベンチに座って延々と話し続けた。バンダナくんはタバコとビールで、わたしは水とアイスで。


まあ、日中の石灰棚は暑すぎて日陰から出れないというのもあったけど。とにかくいろんな話でもりあがった。石灰だな見物、というよりこの綿の城といわれる素敵な景色をおかずにおしゃべるがメイン、そんな女子のカフェのような状態だ。次の夢とか、そういうつねに前向きなことばかり話したので自分の気持ちもとてもアゲアゲになれた。うん、こういうの大切だ。

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結局11時から17時くらいまでたっぷり遺跡内で過ごしたけど、とりあえずシャワーあびて腹ごしらえして再度夕焼けをみにあがろうということで一度宿にもどる。身支度もおえてさてまたメールチェックをすると、末っ子きよしからちょうど数分前にメールがきていた。
パムッカレにいまいるけど泊まらずそのまま今夜の深夜バスでカッパドキアにいく、電話もってないからいまから公衆電話さがして電話するね!とのことだった。いや、ムリしなくてもいいんだって、旅人の予定は未定。電話なんかいいよ~と返事を書こうとしたら、外でタバコをすっているバンダナくんが誰かと話している。どうやらエフェスで会った旅行者と再会したらしい。と、よくみると・・・・
ぎゃ!人影のうしろに、き、きよし!!!!!!!!

あまりに驚いたので「ぎゃ~~!きよし~~!!」と悲鳴をあげると、きよしもびっくりしてこちらに気づき「ワオ!きあ!!??」とかけよってきた。バラ色の珍生(古っ)並みに感動のハグっ。
きあ「なんでなんで?たったいまあなたからのメールをみたのよ!」
きよし「この宿の斜め前のネカフェからメールしたんだよ!」

と言う感じで興奮しまくり。きよしはおっとり系韓国人女子大生と元気そうな香港人女子大生との3人組で行動していた。わたしのことも聞いていたようで、彼女達も私を見て「ああ!きよしくんから聞いてたよ~ビッグママね!ヨロシク!!」とすんなりうちとける。またもやアジア人団体のできあがりか。3人はここで夕陽をみて9時のバスで村をでるそうだ。

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きあ 「え~!じゃああと3時間しか一緒にいれないの~?ぶうぶうぶう」
きよし「でも会えてよかったよ!ぼくらがバンダナくんに話しかけなかったら間違いなくぼくらすれ違っていたね」

その後は宿のロビーでみんなでのんびりいままでの旅を話し合ったり、撮影した写真をみせあいっこしたりした。きよしはヒオス島のピリギに非常に興味をもったようだ。だからヒオスで買ったピリギのポストカードをプレゼントした。サンセットタイムまでわいわいすごして、さあ夕暮れですよ~と再度石灰棚方面へ。

昼間いた大勢の観光客はほとんどいなくなり、ツーリストポリスもおらずいろんな角度からたのしめた。涼しいし、パムッカレは夕方にくるのが大吉だわこりゃ。
みんなでキャッキャいいながら青春パート2。彼らのバスの時間を考えて、20時45分には村まで降りてきた。きよしとは本当に短い短い再会だったけど、再会というのはより親しみも増すし反対に別れもつらい。このときはほんと~~~~~~にきよしのことを弟、むしろ息子くらいの気持ちで(なんせビッグママなので)いたのでつらかった。「絶対連絡してね」「メールするからね!」3人をのせた満員のミニバスはデニズリへ向けて走り去った。ぐすん。

R0011922.jpgこのあと、23時にバンダナくんも旅立つので、あと2時間バス停近くの店でまたおしゃべりタイムを持ち、バスを見送ることにした。私はあさって友人B子と待ち合わせる予定で、その街とパムッカレの中間地点であるコンヤに明日いこうと考えている。実はバンダナくんも目的地はコンヤ。その後アンカラにいき、シリアなどのビザをとるそうだ。


「じゃあお互いケイタイもあるし、コンヤで連絡取りましょう」
「そうですねじゃあメブラーナのダンス公演の情報知らせますよ」

と、明日の再会を約束し、バスを見送った。一日今日もへとへとに遊んだ。部屋にもどってシャワーもあびずにそのままバタン!とベッドに倒れこんだ。明日も大移動だ。
2008-07-05 14:38 | カテゴリ:08年バルカン&トルコ旅
正直、今日こんなに長い距離を移動するなんて思っても見なかった。
朝7:30にはヨボヨボのおじいさんに見送られて宿を出て港のさきっちょへ。ボート会社のブースでチェックインして、その後パスポートコントロールのある建物へという流れ。よく見るとなんと船が3隻ならんでいて、同時に出港するらしい。えええ~~!なんか不思議な光景~!デカい船1隻だしゃいいじゃん!とか思ったが洋上で競争するように走る姿はなかなか面白い。さて、船はトルコのチェシメという小さな街に到着する。

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ここでちょっとビックリしたのが、歩き方に書いてある場所じゃない遠い港に船がついてしまったこと。うっそ!しかもわたし以外は全員「トルコ日帰りツアー」の客らしく・・・しょうがないのでごろごろ荷物をひっぱってiのある港の内側へ。しかし3隻の船のうち、1隻はi近くの港についたけど、私の乗った船含む2隻はそjの遠い新港についたようだ。うわーなにこれ、超わかりにくい~~!

およそ20分ほど歩いただろうか、ついたらiは閉まってた。ぎゃふん!今日はチェシメに泊まろうと思っていたけど、到着場所が違ったりiが閉まってたりとなんか幸先悪いな~、もうパムッカレに移動しちゃおうかな・・・と、中間地点の大都市イズミールへ向かうことに。チェシメは小奇麗でTHE観光地という感じ。あまり面白みもなさそうなのでモンダイナシ。んなわけで、ヒオス島の港のとりとめなさ、チェシメの港(2ヶ所というわかりにくさ)もあり、トルコ~ギリシアを船で渡るならやっぱりサモス~クシャダスをオススメします!
(ただし船酔いに弱い人は、サモス~クシャダスは漁船並みの小ささなので揺れに覚悟してください)

さすがトルコ、バス大国!ブルガリアやギリシアでバスがなくてまちぼうけしまくったことがうそのようなスムーズな乗り継ぎ。チェシメからすぐにイズミール行きのバスにのれ、イズミールについてもすぐデニズリ行きがあり、デニズリからパムッカレ村へもすーいすい。ヒオスから長い距離を移動してきたけど、あまりストレスなくこれたため、さらにトルコの印象はよい。っつーかトルコはすごいから、ええ(無条件にトルコ肯定派)。イズミール~デニズリの間は、となりにアンハサウェイ似のトルコ女子大生が座り、興味津々そして超はにかみながら話しかけてきてくれ、さらにデニズリについてミニバスを探すときも一緒に探してくれるという親切ぶり。この親切に「トルコにコロンやはなくなれど、親切さんは健在!!!」と私は感動でいっぱい。
そう、トルコのバスで車掌さんからコロンヤちゃぽちゃぽの儀式、もうないですよ!!なくなってます!!!みんなコロンヤ含ませたペーパータオル(おてふき)しかくれませんよ!!!! (大ショック)

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(写真上:写真一緒にとって!とトルコ人から熱烈コールにて。あいかわらず「首に手ぬぐい」はマストアイテムな私/写真左下:バスのはにかみプリンセス。実物はアンハサウエイ激似だったが写真だと微妙でつね・・・/写真右下:結婚式の記念写真撮影カップルが2~3組。翌日もおなじくらいいたよ。撮影スポットなのかね)

パムッカレ村についてびっくり。あれ~~?強引な客引きについてビクビクしていたけど、夕方17時ごろだからか、なんか誰もいませんけど・・・たまに声かけられるけど、無視したら大丈夫だし(ああいうのは相手にするけんイカンのですたい)。なーんだ、すっごい小さくて素朴で静かな村じゃない?ここで末っ子きよしからのメールを確認したくてネカフェを探していたら「うちのホテルにあるPCタダでつかっていいから」と適当に声をかけてきたおじさんのお言葉にあまえてそこでメールチェック。返事はなかったので、もうどっかとまろー、とこの宿に泊まることに。なんせ部屋から石灰棚もみえるし、でかいファンもあるのがよい。

※ただし、その後の話によると、もえも偶然同じ宿に泊まりセクハラ被害にあったそうな。とりあえず、トルコで若い男子とはあまり関わったらいかん、とここに書いておきます。もちろん私は観光客を相手にするトルコ人男性には堅く心閉じているのでモウマンタイでした。

R0011812.jpg荷物をおいてさっそく石灰だなの麓へ。歩いて10分もせずにつくとは近いなあ。石灰だなの中へは明日はいるとして、今日は麓にひろがる新しめの公園をぶらぶら。壮年夫婦とそのツレのひとたちに「一緒に写真をとろう!」と言われて写真をとりまくられる。わたしはスターか。でもこれがトルコだよね・・・。どこいっても「写真とっていい!?」と言われるんだねえいまだに・・・。しみじみ。